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香港の歴史

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日本からも観光で訪れる人が多い香港。美味しいものが食べられて、ショッピングも充実している魅力あふれる都市のひとつですね。しかしその成り立ちは少し複雑です。

中国であって、中国でないような微妙な立場の香港ですが、現在に至るまでには、多くの歴史的出来事がありました。

香港は、その正式名称を香港特別行政区と呼び、中華人民共和国の特別行政区の一つという位置づけです。
 
現在の香港島と九龍半島とは海をへだてて離れていますが、約1万年前には、陸地続きの平野の一部だったそうです。
現在のような地形になったのは約6000年前のことで、その頃には人が住んでいたようです。

香港の原住民と呼ばれる人々は、早くに香港一帯に移り住んだ漢民族のほか、客家、蛋家等と呼ばれる人々が含まれます。

客家は、古くは唐の時代から華北より南下を始め、一名「中国のユダヤ人」とも呼ばれます。
清朝の時代にも、香港周辺の荒廃した村を復興させる目的で、現在の広東省や福建省に暮らしていた客家の人々が、開拓民として移住させられたということです。

香港は古い時代から交通の要所として栄え、イギリスの植民地時代には物流や金融、貿易の拠点として独自の発展を遂げました。

香港がイギリスの植民地となる経緯としては、近代に入り阿片戦争ののちの南京条約によって、まず1842年に清からイギリスに香港島が割譲されます。
次に1860年には北京条約により九龍半島が割譲されることになり、1898年には新九龍地区や新界地域の99年租借がされました。

第2次世界大戦で、香港は一時期日本軍に占領統治されていましたが、1945年の終戦後には再びイギリスの統治下となりました

その後1997年の中国への返還時まで、長きに渡りイギリスの植民地となっていました。

当時、内戦中の中国本土から逃れてきた中国人の巨大な労働力を得て、外国資本や華人系の資本が、上海から香港にその本拠を移し、戦後の香港経済の発展に大きな影響を持ちました。

戦後、香港は世界の金融市場の中心地のひとつとして急速に発展し、貿易や商業の面でも世界有数の都市として知られています。

それとともにに世界有数の観光地としても、多くの観光客が世界中から押し寄せるアジア有数の都市となっていきました。

中国とイギリスとの何度かの粘り強い交渉によって、中国の要求する全面返還「港人治港」が実現。1997年にイギリスはついに香港を手放すこととなりました。

公用語はそれまでの英語と広東語の他に、新たに中国の標準語である普通語が採用され、学校でも授業に加わるようになりました。

中国は、向こう50年間は香港を特別行政区として「一国二制度」政策を約束しました。
つまり当面は香港では中国の社会主義政策を行わず、引き続きこれまで同様の資本主義体制で行くこととして現在の香港の体制が誕生したのです。


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